人事担当者はFacebookをチェックしている。について

前回のブログはツイッターの舌禍事件というタイトルで書きましたが、今回もそれに関連した話。個人がメディア化するとはどんな状態なのかということです。

8月31日付けのDIGITAL DIMEに、『人事担当者はチェックしている! 就活学生がFacebookをやってはいけない理由』という記事が掲載されていました。企業の採用担当者は応募者のフェイスブックにアクセスして、その人の性格や行動や交友関係を細かくチェックするからやらないほうがいいですよ。というものです。

たしかにフェイスブックやツイッターのようなソーシャルメディアがもたらす、日々の生活の記録が長期間にわたって、写真や友人知人とのやりとり付で、リアルに一般公開されるという状況は、著名人ならいざ知らず、普通の生活者にはとても危ない状況で、今までの市民生活ではありえない事でした。特にフェイスブックは本名と顔写真を公開して、ネット上で交流するために開発されたサービスなのです。その結果実現する様々な便利なことがある反面、DIGITAL DIMEの記事的な視点で考えると相当にまずいことも起こります。利用する人は各自、そこのところをしっかり認識すべきなのです。

ようするに「個人がメディア化する」ということは、普通の人が今までに比べて圧倒的に大量な情報に接することができるようになり、また自分の一言をより多くの人に届けることができるようになると同時に、自分の発言や行動そして日常生活を常に、見ず知らずの多くの人に晒すことなのです。

あなたのことをあなたが知らない多くの人が見ています。その中には、口うるさい厳しい人や短気な人もいます。決してあなたに好意を寄せている人ばかりではありません。そしてその中には、あなたが応募した会社の採用担当者があなたを採用することで会社は利益を享受できるのか冷徹に評価する視線もあるわけです。

でも、思えばいい時代になったものです。ある人の事をよく知ろうと思ったとき、その人が公開しているソーシャルメディアをネット上で探して、その人が公開している生活の記録(ソーシャルグラフ)にアクセスすればわけです。それをあえてチェックしないというのは、特に採用担当者にとっては怠慢以外何者でもないでしょう。そのうちお見合いだって、ナンパだって、ソーシャルメディアの確認なしでは成立しなくなりますよね。きっと。

私は人事担当者がフェイスブックを見ているからやってはいけない。という考えに加担するつもりはありません。むしろ自分のことをよく知ってもらうためのツールとして、より誠実に能動的にフェイスブックを活用して欲しいと思っています。